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支線沿線〈1〉 浮かび上がる色のイメージ(濱松哲朗)

 今年の京都は、年始から雪模様だった。例年では考えられないほどの雪が積もり、初詣客の混雑も相まって交通機関は乱れに乱れた。衣笠キャンパスの近くにある、嵐電の北野白梅町駅も、北野天満宮へ向かう人と、嵐山方面へ向かう人とが、それぞれに群れを成して、吹き荒れる雪に耐えていた。

 けれど、雪が降ると僕は俄然元気になる。今にも雪が降り出しそうな、曇天の張りつめた空気は大好きだし、積もったら積もったで、今度は冷たさの中に閉ざされた生活が急に愛おしく思えてくる。無論、低気圧のせいで頭痛がひどくなることもあるのだが、気分が昂揚しているから気にならない。北国の人が聞いたら呆れて笑われそうな感想だが、あまり雪の降らない茨城で育った僕には、雪がちょっとした非日常として、ひときわ輝いて見えるのである。

 雪が降り始めると、必ず思い出す歌がある。

  君かへす朝の敷石(しきいし)さくさくと雪よ林檎の香のごとくふれ
          北原白秋『桐の花』(1913)



 九州に生まれ、神奈川や東京に暮らした白秋の描く雪も、北国の雪ではない。白秋の雪にはやはりどこか、冬に出会う非日常の匂いがする。それ故、何が「さくさくと」だ、悠長なことを言うな、と顔をしかめる人もいるかもしれない。

 だが、これは恋の歌である。しかも、白秋の場合、『桐の花』でうたわれた恋は、人妻との禁断の恋であった。結句にある命令形は、日常の生活からは浮遊した、恋の熱情のあらわれである。歌の中の主体は、朝になって「君」を家に「かへす」に及んでも収まり切らない昂揚感を、降りしきる雪へと投げかけずにはいられない。きわめて詩的で、盲目的で、繊細な感情だ。雪の朝であるというのに、外界の冷たさよりも内面の熱情が勝っている。

 そして、この歌からは不思議と、色が感じられる。実際にこの場面に存在しているのは「敷石」と「雪」だけのモノトーンの世界なのに、「林檎の香」のイメージに読みが強く引っ張られて、林檎の果肉の色や表面の色が(実は赤林檎か青林檎かは分からないのだが)、心象の色として浮かび上がってくるのである。「さくさくと」は雪にかかるが、林檎のイメージにも被さっている。

 白秋には他にも、色づかいの巧みな作品が多い。『桐の花』から、この歌の周辺にある雪の歌を引いてみよう。

  寂しさに赤き硝子を透かし見つちらちらと雪のふりしきる見ゆ
  厨女(くりやめ)の白き前掛(まへかけ)しみじみと青葱の香の染みて雪ふる
  狂ほしき夜は明けにけり浅みどりキヤベツ畑に雪はふりつつ
  わかき日は赤き胡椒の実のごとくかなしや雪にうづもれにけり



 『桐の花』は、同年に刊行された斎藤茂吉の『赤光』と並んで、赤い色の多い歌集として知られるが、歌集には赤以外の色彩についても注目すべき表現が多く見られる。特に、雪とともにうたわれたこれらの色は鮮やかな印象を与える。雪の白との対比の中で、画面上に対象物の色が映えるのである。しかもそれが、実際に目に見えているわけではない「青葱の香」や「赤き胡椒の実」であったとしても、である。

 色彩感覚に優れた歌人は現代にも多い。白秋の『桐の花』から百年後に刊行された、堂園昌彦の『やがて秋茄子へと到る』から引く。

  秋茄子を両手に乗せて光らせてどうして死ぬんだろう僕たちは
          堂園昌彦『やがて秋茄子へと到る』(2013)
  君はしゃがんで胸にひとつの生きて死ぬ桜の存在をほのめかす
  眠るときいつも瞳に降りてくる極彩色の雨垂れ、誰か
  町中のあらゆるドアが色づきを深めて君を待っているのだ



 秋茄子の紫色、桜の淡い色調、極彩色、そして、不特定多数の想像を喚起させる、ドアの色。堂園の作品の底には、生と死に対する意識が常に横たわっており、特に死は、一見すると、作品の画面全体を暗くする要因になるように思えてしまう。しかし、全体の画面が死によって暗く抑制されているからこそ、作品の中の色が灯火のような揺らめきとともにあらわれる。

 白秋の歌の色彩が白地のカンバスに直接描いたものだとしたら、堂園の歌の色彩はリトグラフのような版画を思わせる、写し取られて浮かび上がる色である。後半の二首が含まれる連作の題は「色彩と涙の生活」。堂園作品の世界観は、この色彩感覚に支えられていると言えるだろう。

 先日、東京で『やがて秋茄子へと到る』の批評会が行われた際、パネリストを務めた川野里子が、堂園の歌と白秋の『桐の花』の親和性について述べていた。堂園本人も、白秋の『雲母集』を愛読したという。

 『やがて秋茄子へと到る』が刊行された際、茂吉の歌を引き合いにして、「赤茄子から秋茄子まで」の百年を思ったものだが、この百年は『桐の花』との間に流れた百年でもあった。色彩というイメージをいかに読者に与えるかを、歌人たちはこの百年間、常に挑戦し、模索続けてきたのである。


  手袋を雪にうづめることばかり考へてゐた それほど赤い


※「支線沿線」は、毎月2回(10日、25日)掲載を予定しています。
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Author:りったん
第五次立命館大学短歌会です。40年の時を経て、2012年9月25日(火)に再結成しました。通称:立命短歌会。りったん。大学公認団体です。

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